- 山行記録
奥多摩・川苔谷・逆川 沢登り
メンバー 山本他2名(会員外:大澤・斎藤)
私の旧友が最近沢登りを始めたのですが、奥様をはじめ周りの人々はかなり心配しているのです。そこで、どんな登り方をしているのか?を友人として確認すべく、一緒に沢へ出掛ける事になりました。全くの素人の大澤氏は、都内の某山岳会所属の斎藤氏にせがんで、奥多摩の1級くらいの沢を数回溯行したのですが、本人曰く「沢に目覚めてしまった」らしいのです。
あいにく天候は下り坂。なんだか肌寒く、登り始めたら降ってきました。
いままで彼が行った沢は、秋川とかのしょぼい沢? ばかりだったので、逆川でかなり衝撃を受けておりました。大澤氏は確保できないので、斎藤氏と二人だと斎藤氏は常に確保無しでリードして大澤氏を引きずり上げる事になるのです。その状態では、おのずといける沢は限られてしまいます。逆川は、私にとっては印象深い沢で、十数年前に始めて行った沢なのですが、その後も何度か足を運びました。奥多摩の名渓と言って良い沢だと思います。
ところが・・・・今回行ってみたら、あちこち崩れており、かなり荒れた感じでした。ちょっと名渓とは言い難くなっていてがっかりしました。登るにつれ雨脚は強くなってきましたが、折角なのでザイルを出してきっちり登りました。ウスバ林道直下の10m滝は、いつもならザイル無しで登って、見せ場となるはずだったのですが、水量が多くシャワークライミングになってしまい、ザイルを出して取り付いたものの突破できませんでした。ひどい天候でしたが大澤氏は楽しんでくれた様で、「来年のシーズンはまた連れてってくれー」というのです。「連れって欲しいなら、保険に入ってザイル1本買っておけ」てな訳で、斎藤氏とは、「大澤には内緒で今度二人で沢行きましょう」と盛り上がりました。ちなみに2003年7月に会で黄蓮谷に入った同じ日に、斎藤氏も黄蓮谷に入っていたそうで、彼らは、途中で撤退したとの事でした。どこかですれ違っていたかもしれません。
北アルプス・西穂高岳
2004年10月27日?28日
中山
10月27日(水)曇り時々晴れ
朝発で西穂高山荘に明るいうちに着けるとはまさに隔世の感がある、ロ?プウェ?駅までは平日とはいえ紅葉狩りの観光客でごった返している、登山道は標高2000m位から雪の上を歩くようになる小屋の宿泊者は私を含めて5人従業員と同数、暖かい小屋飯を食べ酒もそこそこにして床につく。
自宅7:00→新宿BT8:00→平湯BT12:25、12:35→新穂高13:05、13:15→西穂高口13:45、14:00→西穂高山荘14:55
10月28日(木)薄曇り
夜中にトイレに行くときに眼鏡を踏みつけてしまいレンズが外れて元に戻らなくなってしまった、ど近眼の見えない裸眼で歩き出すが、明るくなってくると何とかなるもので独標手前まで行くが、ここいらあたりから硬雪・アイスバーンとなり慎重に登り。独標頂上でアイゼンを装着し西穂高頂上を目指すが、下降の際にまったく見えずスタンスがわからず怖い思いする。西穂高を清くあきらめピラミッドピークから撤退する。
この時期でもピッケル・アイゼン(前歯付)は必要。
西穂高山荘6:10→独標7:00→ピラミッドピ-ク8:00→独標9:00→西穂高山荘9:30、10:00→西穂高口10:30
山域/形態:谷川仙ノ倉谷 西ゼン/遡行
日程:2004年10月17日(前夜発日帰り)
参加者:CL平川 渡辺 扇原 記録:山本 (計4名)
先々週、土樽駅で宴会した平川さん達の計画に乗せていただき、念願の西ゼン行きとなった。
山本にとっては、西ゼンはこれが2度目。前回は悪天候の中を決行した為散々でした。今度来るなら絶対に天気の良い秋と決めておりました。
今回は・・ ・・好天に恵まれ、紅葉もよろしく、快適な西ゼンでした。
20:00西国分寺駅集合、平川さんの車で一路土樽へ。23:00駅に着くと、先着していた扇さんはすでに呑み終り熟睡中。扇さんを叩き起こして、一杯呑みながら作戦会議など・・ ・。
翌朝は、6:00に駅を出発。6:15どんつきに車を停めて歩き始める。
7:30出合着。後から1パーティやってきた。支度をして7:50入渓。前を歩いている足跡が見えるが姿は見えず。最高の秋晴れ!滑がキラキラ光っている。扇さんは、ご自慢の一眼レフカメラを取り出し、しばし撮影タイム。
8:45東ゼンを分け、第一スラブへと入る。「来て良かった」「粘った甲斐があった」「もう二度と来れないかも」などなど感無量。ナベちゃんは、誰が見ても登れないようなナメに取り付き、3mほど登って動けなくなり・・ 一同見守る中で、ウォータースライダーで釜の中。後先考えず勢いで行ってしまうところが恐い。第一スラブと第二スラブの間の滝に取り付いているパーティーが、随分難しそうに登っていたので、我々は左岸から捲くことにした。が、それが間違い。傾斜はきつくなり、踏み後は途中で無くなり、沢へ戻るには結構な斜め懸垂。50mザイル1本じゃ足らないかも。行き詰っているところへ、後続パーティーが後から付いて来てしまい、団子状態。とその時、右岸を捲いていたパーティーの一人がスリップ。それを助けようとした二人も一緒に3m程すべり落ちたので、目撃した一堂冷や汗タラーリ。こういうのを見てしまうとビビりますねー。我々の後続パーティーは懸垂で滝下へ戻って、滝を直登に掛かった。我々の所からは、懸垂も難しそうだったので、ザイルを出してワンピッチ登り、10:30安定した窪みに逃げ込みひと休み。更に大きく捲くか・・?合議の末、不安定な草付きをトラバースする事に。ザイルを出して、平川さんがリードする。気休めのランニングビレイを取りながら、結構恐いトラバースで沢床へ降り立った。1時間くらいあの壁にへばり付いていたのだろうか?他のパーティーの姿が、遥かスラブの上のほうに見える。5パーティ中の二番手だったはずなのに、いつの間にやらビリッケツ。第二スラブは、快適に進み、出口の滝は山本リードで左から越える。
12:30?12:45スラブ上にて休憩。沢筋を忠実に詰め、右へ右へとルートを取る。
13:05沢筋が消えた所から藪に突っ込む。
13:40平標山の北側1873mのピークへ詰め上げ遡行終了。予定よりも多少手間取ったが、充分に楽しめた。
14:00下山開始。下山路の平標新道からは、登ってきたスラブを一望に出来る。扇さんが切るシャッターの音が秋の空に吸い込まれる。私の足は、急な下り坂でへろへろになり、日頃の運動不足・訓練不足を露呈した。
15:40仙ノ倉出合、16:45駐車地点着。『岩の湯』にて汗を流し、帰路に着く。関越が多少渋滞したものの、21:00西国分寺駅前にて解散する。反省点は多々あったが、諸般の事情により反省会は無し。
次は、湯檜曽だ!笹穴だ!と心弾ませ、各自家路につきましたとさ。めでたしめでたし。
これも聞き書きです。
メンバー 細谷夫妻
冷池山荘が7月にオープンしましたが、泊まったのは種池山荘。
14日夕方から雪で、15日は吹雪。当日泊まったのは5人だがうち2人が冷池から降りてきたグループを見て下山。ひとりの女性が爺ヶ岳まで行きたいというので、途中まで同行。この日は布引山まで。
15日は冷池山荘宿泊。
16日 山小屋からの注意で、上のほうは凍っているのでゆっくり目に登ってくれということなので、7時頃出発。鹿島槍に登る。北壁は凍っているために入山禁止。また赤岩尾根も凍っているため下山禁止(山小屋の勧告)。
爺ヶ岳に登り、柏原新道経由で戻ってきた。吹きだまりで膝くらいの雪だった。詳しくは報告書で。