-
2007年11月03日(土)夜 ?4日(日)
天気:晴れ
メンバー:上林CL、木村(食当)、羽生田(記録)
山行形態:岩登り
山域:御坂山塊/三ツ峠
JR高尾駅に7時半集合、河口湖行きの電車に乗り、バスで三ツ峠登山口に着く。木無山までは林道のような山道を上がる。山頂にテントを張り、水汲みを済ませ、身支度をして岩場へ向かう。予想外に空いている。
1日目
午後より右フェイスで上林さんのリードにて訓練を開始。
1本目:一般ルート右(?+)上がりと懸垂下降
2本目:一般ルート中央(?+) トップロープ
3本目:№10.5クラック(?)、続いて№16クラック(?+)
4本目:№18クラック(???)を経て天狗の踊り場へ
5本目:№20クラック(?+)20mほど懸垂下降してから上がる
初日は5本で終了、上から見学した大根おろしの岩肌が印象に残る。とても登れるとは思えない。
2日目
翌朝、テントの外が明るくなり起きる。澄みきっていて富士山が美しい。
腹ごしらえの後、8時より訓練を開始。
東面フェイス
1本目:草溝ルート(?)
右フェイスに戻り、都岳連ルート付近でハーケンの打ち込みを練習。
2本目:一般ルート右(?+)羽生田リードデビュー!
3本目:クーロワール(?)上がり口にあった見えない左手のホールドがポイントか。
4本目:一般ルート右(?+)木村さんのリード練習
5本目:№10.5クラック(?)、続いて№16クラック(?+)
6本目:権兵衛チムニー(?)40mロープのため、10mほど登ってマルチピッチモドキを体験。バカブーを打って支点を取るが、打ち込みが良かったのか回収できず、ハーケンを残置。上がりきるのに羽生田は40分要したが、木村さんは20分でクリア。
訓練を終へて5時に下山開始、真っ暗な山道を三ツ峠駅へ向かう。
三ツ峠の岩トレは今回が初めて。沢登りとはまた違った感触を得た。
一般ルートのようにリードで登れるようになりたいものだ。
今回の振り返り:
・ハーケンはハンマーでたたいて抜く(ピックで引き抜かない)
・ヘッデンはメーカー品に限る(暗い山道は下れない)
天気:晴れ
メンバー:上林CL、木村(食当)、羽生田(記録)
山行形態:岩登り
山域:御坂山塊/三ツ峠
JR高尾駅に7時半集合、河口湖行きの電車に乗り、バスで三ツ峠登山口に着く。木無山までは林道のような山道を上がる。山頂にテントを張り、水汲みを済ませ、身支度をして岩場へ向かう。予想外に空いている。
1日目
午後より右フェイスで上林さんのリードにて訓練を開始。
1本目:一般ルート右(?+)上がりと懸垂下降
2本目:一般ルート中央(?+) トップロープ
3本目:№10.5クラック(?)、続いて№16クラック(?+)
4本目:№18クラック(???)を経て天狗の踊り場へ
5本目:№20クラック(?+)20mほど懸垂下降してから上がる
初日は5本で終了、上から見学した大根おろしの岩肌が印象に残る。とても登れるとは思えない。
2日目
翌朝、テントの外が明るくなり起きる。澄みきっていて富士山が美しい。
腹ごしらえの後、8時より訓練を開始。
東面フェイス
1本目:草溝ルート(?)
右フェイスに戻り、都岳連ルート付近でハーケンの打ち込みを練習。
2本目:一般ルート右(?+)羽生田リードデビュー!
3本目:クーロワール(?)上がり口にあった見えない左手のホールドがポイントか。
4本目:一般ルート右(?+)木村さんのリード練習
5本目:№10.5クラック(?)、続いて№16クラック(?+)
6本目:権兵衛チムニー(?)40mロープのため、10mほど登ってマルチピッチモドキを体験。バカブーを打って支点を取るが、打ち込みが良かったのか回収できず、ハーケンを残置。上がりきるのに羽生田は40分要したが、木村さんは20分でクリア。
訓練を終へて5時に下山開始、真っ暗な山道を三ツ峠駅へ向かう。
三ツ峠の岩トレは今回が初めて。沢登りとはまた違った感触を得た。
一般ルートのようにリードで登れるようになりたいものだ。
今回の振り返り:
・ハーケンはハンマーでたたいて抜く(ピックで引き抜かない)
・ヘッデンはメーカー品に限る(暗い山道は下れない)
山域 丹沢/セドの沢左俣
日程 2007年10月 6日(土)
メンバー 砺波(CL)、木村、羽生田
山行形態 沢登り
○今回の山行は、会に入って日が浅い会員で、きちんとできるかを確認する企画で、7月の個人山行で行ったセドの沢を復習で遡行することとした。
○8:00 天候晴れ。渋沢集合。寒冷前線が通過した後のため、季節の割にひんやりとした空気が秦野盆地を包み込んでいる。丹沢山塊は、まだ、湿った空気の中に入っているらしく、ガスに包まれている。涼しくなったので、ハイカーも多く、7時ちょっと前のバスは、満員で出発していった。
○8:22 大倉着。速やかに、戸沢に向かって、林道を歩く。
○9:36 新茅ノ沢入渓点。9月7日の台風で崩れてしまった、林道の下を恐る恐る通る。もう少し、土砂が多ければ、新茅の沢は、土砂に埋まってしまうところだった。
○9:46 戸沢出合着。登攀道具を装着。10時20分出発。
○10:45 本谷F1。木村さんがリードに、羽生田さんがビレイにそれぞれ立候補。どきどきしながら、登攀を行う。木村さんは、水線をあえて避けたルートを登る。なぜかと思ったら、真ん中で登ってわかった。水が冷たいのである。ラストの羽生田さんは、アクアステルスラバーの沢靴忍者のデビュー戦。天敵の茶コケもなく、見違えるように登る。今日は、全員、アクアステルスラバーなので、死ぬときは、一緒だと、勝手に考えた。
○11:30 13m大滝。砺波がリードで、木村さんがビレイをする。7月と異なり無難に登る。しかし、木村さんから、カラビナのかけ方が悪いこととハーケンが甘かったことを指摘され、反省する。
○12:26 2段7m。靴に慣れた羽生田さんは、あえて難しいところを行く。隣で、我慢できなくなった木村さんもバシバシ登る。もう、好き勝手に、楽しく登る感じ。
○12:45 書策新道の3又で手前で一本。本流は、真ん中のような気がするけど、前回は、一番左を行った気がすると話し合い、一番左の沢を登ることとする。
○13:00 6mX6mの滝。これは、前回見た覚えがないと、ここでルートミスに気づく。こっちも、ルートとして、まあ悪くなさそうなので、高巻きして、突き進むこととする。
○13:25 岩室。結構な嵐もしのげそうだけど、そもそも沢で、水が集まってくるから無理か・・・
○14:06 アザミでちくちくした稜線を抜けて、なんと、木の又大日小屋に到着。滝を一つとばしたせいで、羽生田さんにリードをお願いすることができなかったけど、正しいルートは、地獄の土壁登りがあるから、こっちの方がいいのではないかと、冗談を言い合った。木の又大日小屋では、かき氷大好きの羽生田さんと木村さん、沢登りというストイックなスポーツをしているにもかかわらず、かき氷を食べ始める。そんなに暖かくないので、寒そう。食べている途中で、上半身裸のお父さんに、こんなに寒いのにかき氷なんてよく食べますね、と言われる。こっちから見れば、この天気で、裸で歩いている方がよっぱどさむいだろうと思うけど、お父さんから見れば、かき氷の方が寒いらしい。
○15:20 当初は政次郎尾根を下る予定だったが、下降の練習もしようということになり、書策新道から水無川本谷の下降を開始する。砺波は、登攀用にきつめに合わせている沢靴がつま先に食い込んでくる。懸垂下降、計4回。最低、一人1回ずつ、セットして、一番に降りた。ザイルさばきも、普段と違うことので、みんなで確認して行う。しかし、F2で砺波は、裁きを間違えて、団子にして落とし、やり直しをする。下降の裁きの練習をうちでもしたいと思うのだけど、自宅付近で投げる場所がないので、練習方法を検討することを課題として残す。又、こんなに寒いのに、砺波、木村は、滝壺に見事沈没する。
○17:15 戸沢出合着。17:25分ハーネス等を外して、羽生田さんは、トレイルランニングの練習ため、単独で大倉まで走る。
○18:02 トレイルランニングの羽生田さん。大倉着。
○18:40 のんびり歩きの砺波、木村さん大倉到着。あたりはすっかり真っ暗になってしまった。移動性高気圧に覆われ、流れ星も見えるくらい澄んだ空気で、とても気持ちよかった。
○19:30 渋沢到着。いつも店でいつものように反省会を行う。
日程 2007年10月 6日(土)
メンバー 砺波(CL)、木村、羽生田
山行形態 沢登り
○今回の山行は、会に入って日が浅い会員で、きちんとできるかを確認する企画で、7月の個人山行で行ったセドの沢を復習で遡行することとした。
○8:00 天候晴れ。渋沢集合。寒冷前線が通過した後のため、季節の割にひんやりとした空気が秦野盆地を包み込んでいる。丹沢山塊は、まだ、湿った空気の中に入っているらしく、ガスに包まれている。涼しくなったので、ハイカーも多く、7時ちょっと前のバスは、満員で出発していった。
○8:22 大倉着。速やかに、戸沢に向かって、林道を歩く。
○9:36 新茅ノ沢入渓点。9月7日の台風で崩れてしまった、林道の下を恐る恐る通る。もう少し、土砂が多ければ、新茅の沢は、土砂に埋まってしまうところだった。
○9:46 戸沢出合着。登攀道具を装着。10時20分出発。
○10:45 本谷F1。木村さんがリードに、羽生田さんがビレイにそれぞれ立候補。どきどきしながら、登攀を行う。木村さんは、水線をあえて避けたルートを登る。なぜかと思ったら、真ん中で登ってわかった。水が冷たいのである。ラストの羽生田さんは、アクアステルスラバーの沢靴忍者のデビュー戦。天敵の茶コケもなく、見違えるように登る。今日は、全員、アクアステルスラバーなので、死ぬときは、一緒だと、勝手に考えた。
○11:30 13m大滝。砺波がリードで、木村さんがビレイをする。7月と異なり無難に登る。しかし、木村さんから、カラビナのかけ方が悪いこととハーケンが甘かったことを指摘され、反省する。
○12:26 2段7m。靴に慣れた羽生田さんは、あえて難しいところを行く。隣で、我慢できなくなった木村さんもバシバシ登る。もう、好き勝手に、楽しく登る感じ。
○13:00 6mX6mの滝。これは、前回見た覚えがないと、ここでルートミスに気づく。こっちも、ルートとして、まあ悪くなさそうなので、高巻きして、突き進むこととする。
○13:25 岩室。結構な嵐もしのげそうだけど、そもそも沢で、水が集まってくるから無理か・・・
○14:06 アザミでちくちくした稜線を抜けて、なんと、木の又大日小屋に到着。滝を一つとばしたせいで、羽生田さんにリードをお願いすることができなかったけど、正しいルートは、地獄の土壁登りがあるから、こっちの方がいいのではないかと、冗談を言い合った。木の又大日小屋では、かき氷大好きの羽生田さんと木村さん、沢登りというストイックなスポーツをしているにもかかわらず、かき氷を食べ始める。そんなに暖かくないので、寒そう。食べている途中で、上半身裸のお父さんに、こんなに寒いのにかき氷なんてよく食べますね、と言われる。こっちから見れば、この天気で、裸で歩いている方がよっぱどさむいだろうと思うけど、お父さんから見れば、かき氷の方が寒いらしい。
○15:20 当初は政次郎尾根を下る予定だったが、下降の練習もしようということになり、書策新道から水無川本谷の下降を開始する。砺波は、登攀用にきつめに合わせている沢靴がつま先に食い込んでくる。懸垂下降、計4回。最低、一人1回ずつ、セットして、一番に降りた。ザイルさばきも、普段と違うことので、みんなで確認して行う。しかし、F2で砺波は、裁きを間違えて、団子にして落とし、やり直しをする。下降の裁きの練習をうちでもしたいと思うのだけど、自宅付近で投げる場所がないので、練習方法を検討することを課題として残す。又、こんなに寒いのに、砺波、木村は、滝壺に見事沈没する。
○17:15 戸沢出合着。17:25分ハーネス等を外して、羽生田さんは、トレイルランニングの練習ため、単独で大倉まで走る。
○18:02 トレイルランニングの羽生田さん。大倉着。
○18:40 のんびり歩きの砺波、木村さん大倉到着。あたりはすっかり真っ暗になってしまった。移動性高気圧に覆われ、流れ星も見えるくらい澄んだ空気で、とても気持ちよかった。
○19:30 渋沢到着。いつも店でいつものように反省会を行う。
日程 2007年8月6日(月)前夜発―10日(金)
記録 中山
イヤ?久しぶりに厳しい山行をしてしまいました、去年の「チンネ」より遥かにきつく危険でした。
8/7(火) 富山駅(富山地電)―上市駅(タクシ-)―馬場島(登山道)―早月小屋(テント泊)
標高差1500m、夜行バスで寝不足の体にはとてつもなくきつい、入山初日で荷物も重い5時間近くかかりやっと小屋にたどり着く、行動5時間。
8/8(水) 早月小屋―剣岳―三ノ窓―小窓雪渓上部―中部―小窓のコル(テント泊)
3時間足らずで頂上、北方稜線一般登山者通行禁止のプレ?トを横目に大勢の登山者で賑わっている頂上を後にする、「三ノ窓」までは通いなれているが全く気の抜けない楽しいル?ト、しかし何回来ても「池ノ谷ガリ?」は大嫌いだ好きな人はいるわけがない。壁のように見えた「小窓王」のル?トも登りだせばそれほど悪くなく頭に這い上がる、心の中で今日の核心部がほぼ終わったと隙が出来る、ここからが今回の山行の核心でした。
書きたいことはたくさんありますが、まだあまりにも生々しく書く気にはなりません、酒席で気が向いたら披露します。
結局、「小窓のコル」でビバ?ク、行動14時間。
8/9(木) 小窓のコル?池ノ平山―池ノ平小屋―仙人池ヒュッテ―仙人温泉―阿曽原温泉(テント泊)
小窓から池ノ平山の登りはル?ト不鮮明3級前後の岩・ブッシュ登りがほとんど、騙しの頂上が3峰もありボロボロになり2時間以上懸かりやっと頂上に、ここからはしっかりした登山道しかし昨日の疲れも残り阿曽原温泉小屋に着いたのは18時をまわっていた、行動13時間。
8/10(金) 阿曽原温泉小屋―欅平(トロッコ列車)―宇奈月温泉(富山地電)―富山駅(高速バス)―池袋
阿曽原温泉は日本一宿泊客が風呂に入らない温泉ではないでしょか、小屋から風呂まで行きは10分帰り12―3分で1回入ればもうケッコウ、しかし湯はとても良いです。欅平までは「下ノ廊下」と同じような「水平歩道」を歩き対岸の大岩壁「奥鐘山西壁」を眺めたり、「志合谷」のトンネルを潜ったりして飽きません、欅平駅でやっとくそまずいDryビ?ルから開放されラガ?に満足、行動3時間半。
記録 中山
イヤ?久しぶりに厳しい山行をしてしまいました、去年の「チンネ」より遥かにきつく危険でした。
8/7(火) 富山駅(富山地電)―上市駅(タクシ-)―馬場島(登山道)―早月小屋(テント泊)
標高差1500m、夜行バスで寝不足の体にはとてつもなくきつい、入山初日で荷物も重い5時間近くかかりやっと小屋にたどり着く、行動5時間。
8/8(水) 早月小屋―剣岳―三ノ窓―小窓雪渓上部―中部―小窓のコル(テント泊)
3時間足らずで頂上、北方稜線一般登山者通行禁止のプレ?トを横目に大勢の登山者で賑わっている頂上を後にする、「三ノ窓」までは通いなれているが全く気の抜けない楽しいル?ト、しかし何回来ても「池ノ谷ガリ?」は大嫌いだ好きな人はいるわけがない。壁のように見えた「小窓王」のル?トも登りだせばそれほど悪くなく頭に這い上がる、心の中で今日の核心部がほぼ終わったと隙が出来る、ここからが今回の山行の核心でした。
書きたいことはたくさんありますが、まだあまりにも生々しく書く気にはなりません、酒席で気が向いたら披露します。
結局、「小窓のコル」でビバ?ク、行動14時間。
8/9(木) 小窓のコル?池ノ平山―池ノ平小屋―仙人池ヒュッテ―仙人温泉―阿曽原温泉(テント泊)
8/10(金) 阿曽原温泉小屋―欅平(トロッコ列車)―宇奈月温泉(富山地電)―富山駅(高速バス)―池袋
阿曽原温泉は日本一宿泊客が風呂に入らない温泉ではないでしょか、小屋から風呂まで行きは10分帰り12―3分で1回入ればもうケッコウ、しかし湯はとても良いです。欅平までは「下ノ廊下」と同じような「水平歩道」を歩き対岸の大岩壁「奥鐘山西壁」を眺めたり、「志合谷」のトンネルを潜ったりして飽きません、欅平駅でやっとくそまずいDryビ?ルから開放されラガ?に満足、行動3時間半。
日程 2007年4月21日土曜日 晴れ時々曇り 日帰り
メンバー 第2班 須藤CL山本SL、片倉記録
9:30 3名にて沢に向かう。
9:500 沢に入る。
11:05 休憩、昼食
頭から沢水を浴びながらF8を登る。
11:52 詰まってしまって小休止この間、F9(25メートル位で、2段或いは3段と言われている)を門脇さんが登っていく。その様子をはじめて観察する。また、下から携帯で写真を撮る。ここが、本間沢のクライマックス地点らしい。第2班は、沢の右岸を山本、須藤さんのロープワークで登った。
12:45 尾根が遠くに見えてくる。メンバー全員が一堂に会してしまった。
涸沢になる。あと、50メータくらいの所に来る。近そうに思った尾根にはなかなかでない。
1:35 尾根上の休憩地に到着、沢用靴を山用に替える人。着替えをする人。食事をする人。皆それぞれ、対応が違うのが目に着いた。そんな中、風がだんだん強くなってきた。天気も晴れ間より、曇りが多くなったような気がする。
13:35 下山開始
14:54 今朝の登山口に下山する。靴、ズボンを本間沢で洗う。
参加者にビール、ジュース、乾きモノが配られる。リラックスタイムだ。
15:30 過ぎか湯楽の里、相模・下九沢温泉に向け出発する。
(感想)
最初は靴、ズボンが濡れないように遡行していたが、行きがかり上?、沢の中に、靴、ズボンを浸すようになってきた。岩に足を置くのが最初は怖かった。滑るのではないかと慎重であったが、予想に反して滑らなかった。
山には沢があることは理屈では知っていたが、丹沢にこんな素晴らしい所があることを。爽やかさと、新鮮さと、驚きとを持って感じた。
メンバー 第2班 須藤CL山本SL、片倉記録
9:30 3名にて沢に向かう。
9:500 沢に入る。
11:05 休憩、昼食
頭から沢水を浴びながらF8を登る。
11:52 詰まってしまって小休止この間、F9(25メートル位で、2段或いは3段と言われている)を門脇さんが登っていく。その様子をはじめて観察する。また、下から携帯で写真を撮る。ここが、本間沢のクライマックス地点らしい。第2班は、沢の右岸を山本、須藤さんのロープワークで登った。
12:45 尾根が遠くに見えてくる。メンバー全員が一堂に会してしまった。
涸沢になる。あと、50メータくらいの所に来る。近そうに思った尾根にはなかなかでない。
1:35 尾根上の休憩地に到着、沢用靴を山用に替える人。着替えをする人。食事をする人。皆それぞれ、対応が違うのが目に着いた。そんな中、風がだんだん強くなってきた。天気も晴れ間より、曇りが多くなったような気がする。
13:35 下山開始
14:54 今朝の登山口に下山する。靴、ズボンを本間沢で洗う。
参加者にビール、ジュース、乾きモノが配られる。リラックスタイムだ。
15:30 過ぎか湯楽の里、相模・下九沢温泉に向け出発する。
(感想)
最初は靴、ズボンが濡れないように遡行していたが、行きがかり上?、沢の中に、靴、ズボンを浸すようになってきた。岩に足を置くのが最初は怖かった。滑るのではないかと慎重であったが、予想に反して滑らなかった。
山には沢があることは理屈では知っていたが、丹沢にこんな素晴らしい所があることを。爽やかさと、新鮮さと、驚きとを持って感じた。
行程:
2月23日(金)
9:00 調布駅集合?調布IC?中央自動車道?諏訪南IC?(途上昼食)?美濃戸(徒歩)?美濃戸?柳川南沢?16:30行者小屋
2月24日(土)
4:30 起床?6::20 行者小屋出発?7:00文三朗尾根上取り付き地点?7:30登攀開始?3:00 赤岳山頂?14:30 行者小屋着、撤収?柳川南沢?18:30美濃戸口
今冬、自分の第一課題である赤岳主稜。年明け前から山本さんにお願いし、平日休みを
確保、用意してきた。モミソ沢でのアイゼントレーニング、富士山での登攀訓練なども大げさに言えばこの日を照準に捉えた準備だった。
23日9時に調布駅集合。当初は22日夜に美濃戸口にて幕営、23日早朝に登攀する計画だったのだが、23日の天候予想が芳しくないため、一日ずらすこととなった。
二人での幕営なので、荷物が重い。20kg以上、二人合わせて45kgはあっただろうか。
2人用テントは、旧式なのか4人用とあまり変わらない重さだし、コンロ2基と燃料もかさばる。
美濃戸口から美濃戸までは軽快に歩を進めたが、美濃戸から行者小屋までの道のりが
長い。荷が重くて息があがる。途中3回も小休止してしまった。
16時30分、行者小屋着。先客は1人用テント1張りのみ。奥の林の中にて幕営、夕食を
摂る。夜になってもテントの数は増えず、空には満天の星と三日月。明日は渋滞に巻き込まれず、まずまずの登攀が出来そうと二人で話し、9時過ぎに寝入る。
4時半起床、朝食を摂り、6時少し過ぎに出発、文三郎道を進む。前日の降雪の上に踏み跡は全く無く、これで我らが取り付き1番乗りだ。阿弥陀岳との分岐を過ぎ、急登、主稜取り付きへのトラバース場所と思わしきところまで来るも、なかなかその場所が特定出来ない。
20?30分ほど費やしてしまった。何とか取り付きのチムニーを視認する。風にあおられてか、雪がチムニーの岩を上から下へ流れている。何だかやっかいそうなとこだな、と思いながら尾根からルンゼをトラバースする。
1ピッチ目。山本さんがリード。やはりやっかいなチムニーで “こんなとこ、ほんとに登れんの?” とブツブツ言いながら山本さんが攀っていく。チムニーを上がると見えなくなり、ビレイ
している自分は風と上から落ちてくる雪で寒い、寒い。やっと解除、セカンドOKの合図で自分が攀る。チムニーを乗り越えて上がるが、何だかテンションが上がらない。
それどころか、2ピッチ目の自分のリードなのに、気後れしてしまっていた。山本さんに檄を入れられ、意を決っする。取り付きの背丈より少し高い垂壁を左から巻き込んで抜ける。30mほど上がったところで確保する。これで気持ちが吹っ切れた。“やるぞっ!何でも来い”。
二人なので、リード、ビレイを互い違いに行い、休む暇なく息が上がる。マルチピッチに慣れておらず、段取りがスムーズでないせいか時間もかかる。何とかガイド本で言う7ピッチ目の核心部に着く。出だしの小垂壁がなかなか乗っ越せない。二人で四苦八苦し、ハーケンを1本打って自分がA0で上がる。右壁を上がりさらに上部の垂壁を攀る。ここがいやらしかった。
一番上のチムニー状の真下から取り付く。残地ハーケンが見つからず、小ピナクルにランニングを取るも、ロープが上がってくれない。ダブルロープ2本をツインとして使っているので、とても流れが悪い。アイゼンの前2本爪で踏ん張って、なんとか手繰り寄せてクリップするがふくろはぎが突っ張ってくる。そうやって何とかピナクルにランニングを取るもピナクルでは下からのテンションが掛からないと効かないはずで、そこから上へリードするのでは、抜けてしまわないかと心許ない。墜落が頭をよぎり、“こんなところで俺はくたばらないぞ”と思う(今にして思えば、ちょっと大げさだ)。気持ちの上では、このランニングは当てにはせず、無いものとして攀り、緊張しまくりのピッチだった。チムニーを完全に乗り切ってから、少し安心する。
ビレイして山本さんが上がってくるが、その後ろに人の姿が見える。見るからにこの手のことを“やっていそう”な風貌、装備である。ギアラックにはなんとカム、ナッツ類がずらりと吊るされている。次を山本さんがリードし、自分が上がったところで、彼らとの差はさらに縮んでしまう。ちょっと気押され、“先に行ってもらいます?”と山本さんに提案するが、首を縦に振らない。それじゃあ、と思い自分がリードする。息を上げてしゃに無に上がる。途中後ろからアイゼンの足音が近づくも、何とか振り切って正面の大きなピナクルに辿り着いた。真新しく打たれたハーケン3本に確保し、山本さんが上がってくる。ビレイの最中に右手5本指に“つる”感覚が走る。ロープを何とか握り締めてはいるが、開こうとしても硬くかじかんだように開いてくれない。要は情けないことにもう、体中、指の先まで一杯一杯だったのだ。山本さんが上がって最後のピッチを終え、一息ついて赤岳山頂へ上がり切る。嬉しかったというか、ほっとしたというべきか、久しぶりに浸る達成感だった。
記念写真を撮って、文三朗尾根を降り、行者小屋にてテントを撤収し南沢を下り美濃戸口へ着いたのは、たっぷりと日が落ちた18時半。延々12時間の行軍だった。
取り付きから山頂まで、延々6時間にも及ぶ“格闘”をしてしまったが、自分にとっては初めてのバリエーションで、完登できた意義は大きい。山本さんに多謝の限りである。
マルチピッチ、アイゼンワークなどまだまだ課題が多いが、授業料をこまめに払い、来期からは、さらにグレードアップしたバリエーションに取り組みたい。?以上?
写真1枚目コメント:赤岳山頂にて。意外と若い“おとうさんクライマー”
写真2枚目コメント:疲れ果ててしまった “おとうさんクライマー”、でも達成感一杯
2月23日(金)
9:00 調布駅集合?調布IC?中央自動車道?諏訪南IC?(途上昼食)?美濃戸(徒歩)?美濃戸?柳川南沢?16:30行者小屋
2月24日(土)
4:30 起床?6::20 行者小屋出発?7:00文三朗尾根上取り付き地点?7:30登攀開始?3:00 赤岳山頂?14:30 行者小屋着、撤収?柳川南沢?18:30美濃戸口
今冬、自分の第一課題である赤岳主稜。年明け前から山本さんにお願いし、平日休みを
確保、用意してきた。モミソ沢でのアイゼントレーニング、富士山での登攀訓練なども大げさに言えばこの日を照準に捉えた準備だった。
23日9時に調布駅集合。当初は22日夜に美濃戸口にて幕営、23日早朝に登攀する計画だったのだが、23日の天候予想が芳しくないため、一日ずらすこととなった。
二人での幕営なので、荷物が重い。20kg以上、二人合わせて45kgはあっただろうか。
2人用テントは、旧式なのか4人用とあまり変わらない重さだし、コンロ2基と燃料もかさばる。
美濃戸口から美濃戸までは軽快に歩を進めたが、美濃戸から行者小屋までの道のりが
長い。荷が重くて息があがる。途中3回も小休止してしまった。
16時30分、行者小屋着。先客は1人用テント1張りのみ。奥の林の中にて幕営、夕食を
摂る。夜になってもテントの数は増えず、空には満天の星と三日月。明日は渋滞に巻き込まれず、まずまずの登攀が出来そうと二人で話し、9時過ぎに寝入る。
4時半起床、朝食を摂り、6時少し過ぎに出発、文三郎道を進む。前日の降雪の上に踏み跡は全く無く、これで我らが取り付き1番乗りだ。阿弥陀岳との分岐を過ぎ、急登、主稜取り付きへのトラバース場所と思わしきところまで来るも、なかなかその場所が特定出来ない。
20?30分ほど費やしてしまった。何とか取り付きのチムニーを視認する。風にあおられてか、雪がチムニーの岩を上から下へ流れている。何だかやっかいそうなとこだな、と思いながら尾根からルンゼをトラバースする。
1ピッチ目。山本さんがリード。やはりやっかいなチムニーで “こんなとこ、ほんとに登れんの?” とブツブツ言いながら山本さんが攀っていく。チムニーを上がると見えなくなり、ビレイ
している自分は風と上から落ちてくる雪で寒い、寒い。やっと解除、セカンドOKの合図で自分が攀る。チムニーを乗り越えて上がるが、何だかテンションが上がらない。
それどころか、2ピッチ目の自分のリードなのに、気後れしてしまっていた。山本さんに檄を入れられ、意を決っする。取り付きの背丈より少し高い垂壁を左から巻き込んで抜ける。30mほど上がったところで確保する。これで気持ちが吹っ切れた。“やるぞっ!何でも来い”。
二人なので、リード、ビレイを互い違いに行い、休む暇なく息が上がる。マルチピッチに慣れておらず、段取りがスムーズでないせいか時間もかかる。何とかガイド本で言う7ピッチ目の核心部に着く。出だしの小垂壁がなかなか乗っ越せない。二人で四苦八苦し、ハーケンを1本打って自分がA0で上がる。右壁を上がりさらに上部の垂壁を攀る。ここがいやらしかった。
一番上のチムニー状の真下から取り付く。残地ハーケンが見つからず、小ピナクルにランニングを取るも、ロープが上がってくれない。ダブルロープ2本をツインとして使っているので、とても流れが悪い。アイゼンの前2本爪で踏ん張って、なんとか手繰り寄せてクリップするがふくろはぎが突っ張ってくる。そうやって何とかピナクルにランニングを取るもピナクルでは下からのテンションが掛からないと効かないはずで、そこから上へリードするのでは、抜けてしまわないかと心許ない。墜落が頭をよぎり、“こんなところで俺はくたばらないぞ”と思う(今にして思えば、ちょっと大げさだ)。気持ちの上では、このランニングは当てにはせず、無いものとして攀り、緊張しまくりのピッチだった。チムニーを完全に乗り切ってから、少し安心する。
ビレイして山本さんが上がってくるが、その後ろに人の姿が見える。見るからにこの手のことを“やっていそう”な風貌、装備である。ギアラックにはなんとカム、ナッツ類がずらりと吊るされている。次を山本さんがリードし、自分が上がったところで、彼らとの差はさらに縮んでしまう。ちょっと気押され、“先に行ってもらいます?”と山本さんに提案するが、首を縦に振らない。それじゃあ、と思い自分がリードする。息を上げてしゃに無に上がる。途中後ろからアイゼンの足音が近づくも、何とか振り切って正面の大きなピナクルに辿り着いた。真新しく打たれたハーケン3本に確保し、山本さんが上がってくる。ビレイの最中に右手5本指に“つる”感覚が走る。ロープを何とか握り締めてはいるが、開こうとしても硬くかじかんだように開いてくれない。要は情けないことにもう、体中、指の先まで一杯一杯だったのだ。山本さんが上がって最後のピッチを終え、一息ついて赤岳山頂へ上がり切る。嬉しかったというか、ほっとしたというべきか、久しぶりに浸る達成感だった。
記念写真を撮って、文三朗尾根を降り、行者小屋にてテントを撤収し南沢を下り美濃戸口へ着いたのは、たっぷりと日が落ちた18時半。延々12時間の行軍だった。
取り付きから山頂まで、延々6時間にも及ぶ“格闘”をしてしまったが、自分にとっては初めてのバリエーションで、完登できた意義は大きい。山本さんに多謝の限りである。
マルチピッチ、アイゼンワークなどまだまだ課題が多いが、授業料をこまめに払い、来期からは、さらにグレードアップしたバリエーションに取り組みたい。?以上?
写真1枚目コメント:赤岳山頂にて。意外と若い“おとうさんクライマー”
写真2枚目コメント:疲れ果ててしまった “おとうさんクライマー”、でも達成感一杯