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- 執筆 :
- msc_kiroku2 2004-8-8 11:20
山域/形態:奥秩父 丹波川本流/ 遡行
日程:2004年8月8日(前夜発 日帰り)
参加者:CL中山 清野 清水 渡辺(記録)
遡行当日の天気図は図?に示した。遡行当日前一週間は図?に示した。これを見て、「あぁ、そう言えば今年の俺の夏はこんな感じで今ひとつだったかな…」と思う人は少なからずいるだろう。台風が本土上陸するのが当たり前になった昨今、沢登のあり方は今後どうなるのだろうか?沢登りはオトナの遊びだから。お天道様がご機嫌の良いときに休みをあわせてとって遊べばよいじゃん。雨が降る沢なんて楽しくないさ。つらいだけ。一年は365日はあるんだぜ。
もってまわって遠まわしな切り出しである。待て、そんな屁理屈はどうでもよい。「授業料をもっと払ってから言え」と誰かにしかられそうだ。
とりあえず8/7(土)夜発にて八王子出発。サッカーアジアカップ決勝の晩だ。車は今回不参加の両角氏の好意で借りた。運転は渡辺。秋川街道を武蔵五日市駅を過ぎ坂本(?)のマルバツがある交差点を左折。(一度このあたりで道を間違えたつもりになって戻ったりした。)青梅街道に出た後、奥多摩湖を左に見ながら夜のくねり道をばく進した。そのせいで一人車酔いさせてしまった。ごめんなさいSさん。のめこいの湯駐車場で泊まる。ひさしがあって快適だ。軽くミーティングの後就寝。
翌朝8/8(日)三条新橋まで入る。装備装着、右岸藪を数十メートル進む。すると、あやしいニート風の集団が丹波川遡行開始点で大音量の重低音でダンス大会をしていた。ラリッていた。いろんな人間がいるものだ。かたやいろんな人間の数名は、丹波川本流の濁流をまじかに見る。 CL曰く「水量が前回より20から30cm多い・・」。おもむろに入渓。冷たい。全身が水につかまれて下流へ引っ張っぱられていくのを耐えてなんとか遡行していく。犬戻りまで順調に進むも坊主淵で詰まる。ロープを腰につけて2?3度右岸からへつり、フェースにとりつくが全員ダメ。泳ぎも大変。結局高巻く。手取淵は白濁。清野氏がロープをつけCLの確保で左岸へつりの前進。足を取られ流される。目の前をあっと言う間に流されていく。淵に落ちた清野氏の様子が見えず、清野氏のロープをみて渡辺はあわててつかんで止めてしまった。おぼれる寸前だったが清野さん自力で淵から立ち上がり脱出。手取淵撤退。左岸の崖を30M登り10時前に青梅街道へ出たのち三条新橋まで戻る。全行程の三分の一ほどしか行っていない。
帰りの車中で、「流されたとき止めることが安全かどうか総合的に判断しなければならない。場合によってはザイルを切るしかなくなる。」と厳しく指導を受けた。無事であったものの清野氏のメガネがなくなってしまった。申し訳ないことになってしまった。
「ザイルを切る。」 ― ズキンとくる響きである。使い方を間違うと人を危めることになるのがザイルなのか。八王子の両角家までの間とその後の解散までの間に何をしたかがよく思い出せない。